抗精神病薬で生じるジスキネジアの原因と治療法

あらゆるお薬は、服用すれば「副作用」が生じるリスクがあります。

何故ならば、お薬は身体に何らかの変化を引き起こすものだからです。それが好ましい変化であれば「作用」となりますが、好ましくない変化であれば「副作用」となります。お薬の作用と副作用というのは表裏一体の関係なのです。

例えば降圧剤は血圧を下げる作用がありますが、降圧剤を服用して適度に血圧が下がればこれは「作用(好ましい作用)」となります。一方で同じように血圧を下げたのに、下げ過ぎてしまってめまいやふらつき、意識消失などが生じればこれは「副作用(好ましくない作用)」に変わります。

精神科のお薬でもこれは同様です。こころの病気を治療するために用いるお薬も、やはり副作用が生じるリスクというのはあります。

精神科のお薬のうち、主に抗精神病薬(主に統合失調症の治療薬)で生じる副作用の1つに「ジスキネジア」があります。

ジスキネジアは命に関わるような症状ではないものの、非常に不快な症状が続くため、患者さんの生活の質を大きく障害してしまいます。

またジスキネジアは放置してしまうと、原因薬を中止しても治らずに持続してしまう事があり、そのため抗精神病薬を使う際は、なるべくジスキネジアが生じないように注意する必要があります。

ここではジスキネジアという副作用について、これがどのような副作用で、どのような機序で生じ、予防法・治療法にはどのような方法があるのかを紹介していきます。

1.ジスキネジアとはどのような副作用なのか

まずはジスキネジアという副作用がどういったものなのかを紹介します。

ジスキネジア(Dyskinesia)は主に抗精神病薬の服用によって生じる副作用で、錐体外路症状(EPS: ExtraPyramidal Symptom)の1つになります。

錐体外路症状というのは、運動神経の経路の1つである「錐体外路」に障害を来たしてしまうことです。

身体を動かす「運動神経」には「錐体路」という神経経路と「錐体外路」という神経経路があります。錐体路は神経経路の先が筋肉などにつながっており、身体を直接動かす神経経路です。一方で錐体外路は、反射や筋緊張のバランスを取るような神経で、運動がスムーズに行えるよう錐体路をサポートするような神経経路になります。

例えば、シャンプする時を考えてみましょう。ジャンプする時も錐体路と錐体外路の両方が活動しています。

錐体路は下肢の筋肉を屈曲・伸展させ飛び跳ねる力を生み出します。このようにジャンプするために必要な筋肉を直接動かしているのが錐体路です。

しかしジャンプしている人を良く見てみて下さい。ただ膝を曲げ伸ばししているだけではない事が分かります。膝の曲げ伸ばしの際に高く飛べるように適切に重心を移動させたり、飛びあがる時も振り子のように腕を振って、より高く飛べるようにしています。しかもこれはほぼ無意識で行われています。

これが錐体外路のはたらきです。錐体外路はスムーズにジャンプが行えるよう、錐体路をサポートしてくれるのです。

何らかの原因(主に抗精神病薬)によって錐体外路がうまく機能しなくなってしまうと、これにより様々な支障が生じます。これが「錐体外路症状」です。

錐体外路症状が起こると、運動神経のバランスがうまく取れなくなるため、手がクネクネ動いたり、舌を出したりしまったり、口をモグモグさせ続けたりと無目的・不合理な運動が生じます。しかも錐体外路は私たちが意識しなくても勝手に動いてしまう神経経路ですので、錐体外路症状も意識して止めようとしても止められず、自動で動き続けてしまいます。

このような錐体外路症状の1つがジスキネジアになります。

ジスネキジアは、

  • 口をモゴモゴ動かし続ける(口唇ジスキネジア)
  • 手をクネクネと動かし続ける
  • 歯を食いしばる

などといった症状があります。ジスキネジアがどのような症状なのかを一言で言うと、「無目的・不合理なおかしな動き」と言えます。

これらの運動はいずれも意味はなく(無目的)、何ら合理的ではない(不合理)運動であり、周囲からみれば意味の分からないおかしな動きに映ります。

もちろん本人も好きでこのような動きをしているのではありません。このような動きをしたいわけではないし、止めたいのだけど、勝手に動いてしまうのです。

2.ジスキネジアが生じる原因は何か

ジスキネジアはどのような機序によって発症してしまうのでしょうか。

精神科領域においてジスキネジアは、主に抗精神病薬の副作用として生じます。

抗精神病薬というのは主に統合失調症の治療薬として用いられるお薬の事です。また最近では双極性障害(いわゆる躁うつ病)の治療薬としても用いられるようになりました。

その作用機序は脳のドーパミンのはたらきをブロックする事になります。

統合失調症は「脳のドーパミンの過剰に分泌されていること」が一因だと考えられています。そのため抗精神病薬は、脳のドーパミン受容体をブロックすることで、過剰に分泌されたドーパミンがはたらけないようにしてしまう作用を持ちます。

ではなぜ抗精神病薬がドーパミンをブロックするとジスキネジアが生じてしまうのでしょうか。

長期間、脳のドーパミン受容体がブロックされすぎ続けていると、ドーパミン受容体は少ない量のドーパミンでも敏感に反応するようになってしまいます。

すると本来のドーパミン受容体とドーパミンのバランスがおかしくなってしまい、少しのドーパミンでドーパミン受容体が活性化してしまったりと神経の活性化が不安定になります。

錐体外路はドーパミン系の神経が多く支配しているため、このような状態になると錐体外路のバランスが取れなくなります。

本来は運動をスムーズに行うために無意識で身体を動かす錐体外路が、運動をスムーズに行う目的ではなく無意識に身体を動かしてしまうようになり、これがジスキネジアをはじめとした錐体外路症状として現れます。

抗精神病薬によって口をモグモグさせたり、手をクネクネ動かしたりといった不随意運動が出現してしまうのはこのような機序が考えられています。

ジスキネジアは抗精神病薬の中でもドーパミンを強力にブロックする作用の強いものほど、起こしやすい傾向があります。例えばセレネース(一般名:ハロペリドール)は、ドーパミンを遮断する作用が極めて強力な抗精神病薬です。頼れるお薬ではありますが、一方でジスキネジアの発症頻度は多めです。

一方でジプレキサ(一般名:オランザピン)、セロクエル(一般名:クエチアピン)などのドーパミンを穏やかにブロックする抗精神病薬は、ジスキネジアをあまり引き起こさない事が知られています。

またパーキンソン病の治療薬である「ドーパミン作動薬」でもジスキネジアが生じる事もあります。ドーパミン作動薬は抗精神病薬と反対の作用を持つお薬で、ドーパミン受容体を刺激するお薬です。これはドーパミンが多い状態を人工的に作っているようなものです。

これでもジスキネジアが起きるという事は、ドーパミン受容体をただブロックする事でジスキネジアが起こるわけではなく、ドーパミン受容体とドーパミンのバランスが崩れる事でジスキネジアが生じる事を表しています。

3.遅発性ジスキネジアに注意

ジスキネジアの1つに「遅発性ジスキネジア(Tardive Dyskinesia)」があります。

遅発性ジスキネジアは文字通り、抗精神病薬の服用を続けてある程度の時間が経ってからゆっくりとジスキネジアが発症するという副作用です。

ジスキネジアの中でも、この遅発性ジスキネジアは注意が必要です。

何故ならばゆっくり生じるため発症に気付きにくい事、そして通常のジスキネジアと比べて治りにくいためです。

例えばある抗精神病薬の服用を開始して、すぐにジスキネジアが生じたとしたら、その原因を特定し、対処する事は比較的容易です。あるお薬を投与してからジスキネジアが発症した、という因果関係が明確であるため、適切な対処(お薬を中止する)はすぐに行えます。

一方である抗精神病薬を投与して、数か月後に少しずつジスキネジアが生じた場合はどうでしょうか。

その原因を特定するのは難しくなります。複数のお薬を使っていた場合ではどっちが原因なのかも分かりにくいですし、「お薬を始めたらこのような症状が出た」という因果関係が分かりにくいため、そもそもお薬のせいなのか、それとも疾患の症状なのかというのも判別もつきにくくなります。

更に遅発性ジスキネジアは難治性であり、一旦発症してしまうと治療に苦慮する事が少なくありません。原因薬を特定して、そのお薬を中止してもジスキネジアが治らない事もあります。

そのため遅発性ジスキネジアは発症してから慌てるのではなく、なるべく発症させないような工夫がもっとも重要になります。

4.ジスキネジアを起こしやすいお薬は?

ジスキネジアは抗精神病薬以外の原因で生じることもありますが、ここでは主に抗精神病薬で生じるジスキネジアについて紹介します。

ジスキネジアをもっとも起こしやすいのは、1950年頃より使われている古い抗精神病薬である「第1世代(定型)抗精神病薬」になります。

【第1世代抗精神病薬】
<フェノチアジン系>
・コントミン(クロルプロマジン)
・ヒルナミン・レボトミン(レボメプロマシン)
・ピーゼットシー(ペルフェナジン)
・フルメジン(フルフェナジン)

<ブチロフェノン系>
・セレネース(ハロペリドール)
・インプロメン(ブロムペリドール)
・トロペロン(チミペロン)

中でもブチロフェノン系で特に生じやすく、これはブチロフェノン系がドーパミンを集中的にブロックする作用を持つお薬だからです。

1990年代から第2世代抗精神病薬が誕生し、それによりジスキネジアの頻度は大分少なくなりました。

第2世代はドーパミンをブロックする以外にもセロトニンをブロックするはたらきを持ちます。セロトニンのブロックはドーパミンのブロックを緩和するはたらきがあり、錐体外路症状の頻度を大きく低下させてくれます。

しかし第2世代もジスキネジアを起こす可能性はゼロではありません。

【第2世代抗精神病薬】
<SDA>
・リスパダール(リスペリドン)
・インヴェガ(パリペリドン)
・ロナセン(ブロナンセリン)
・ルーラン(ペロスピロン)

<MARTA>
・ジプレキサ(オランザピン)
・セロクエル(クエチアピン)

<DSS>
・エビリファイ(アリピプラゾール)

第2世代の中ではSDA(セロトニン・ドーパミン拮抗薬)は時にジスキネジアを起こします。もちろん第1世代と比べると頻度はかなり低下しています。これはSDAは第2世代の中でも比較的ドーパミンに集中的に作用するタイプのお薬だからだと考えられます。

MARTA(多元受容体標的化抗精神病薬)はほとんどジスキネジアを起こさず、特にセロクエルはまず起こしません。これはMARTAはドーパミン以外にも様々な受容体に幅広く作用するためだと考えられています。

5.ジスキネジアの治療法

抗精神病薬の副作用でジスキネジアが生じてしまった時、どのような治療法・対処法があるのでしょうか。

最後に臨床現場で行われる一般的な対処法について紹介します。

なおこれらの対処法はあくまでも一般論です。ジスキネジアが生じている方は、ここに書いてあることを独断で行ってはいけません。必ず主治医と相談の上で行ってください。

また一般的なジスキネジアは下記で紹介する治療法により改善が得られることもありますが、遅発性ジスキネジアは治りにくいことが多く、下記の治療法が無効のこともあります。

Ⅰ.原因となっている抗精神病薬の減薬・変薬

まず第一に考えなくてはいけない方法は、原因となっているお薬を減らすか中止することです。

特に第1世代の抗精神病薬(中でもブチロフェノン系)を使用している場合は、ジスキネジアの少ない第2世代抗精神病薬に切り替えることが推奨されます。

錐体外路症状の少ないお薬としては、

  • セロクエル(一般名:クエチアピン)
  • ジプレキサ(一般名:オランザピン)
  • シクレスト(一般名:アセナピン)

などが挙げられます。

原因薬の中止・減薬は速やかに行えば行うほど、ジスキネジアの治りは良くなります。一方で長期間放置していた後に原因薬を中止しても、ジスキネジアは改善しない事もあります。

Ⅱ.抗不安薬の併用

ベンゾジアゼピン系の抗不安薬がジスキネジアを軽減してくれることがあります。

これはベンゾジアゼピン系が持つ筋弛緩作用によって、筋肉がゆるむためだと考えられます。またジスキネジアは心理状態にもある程度影響されることがありますので、抗不安作用によって気持ちが落ち着くこともジスキネジア改善に役立っているのかもしれません。

ベンゾジアゼピン系にもいくつかの種類がありますが、筋弛緩作用が比較的しっかりしている

  • セルシン・ホリゾン(一般名:ジアゼパム)
  • デパス(一般名:エチゾラム)

などが用いられます。

ベンゾジアゼピン系は耐性・依存性があるため、なるべく長期間・大量に使用を続けないように注意が必要です。

Ⅲ.抗てんかん薬の併用

抗てんかん薬と呼ばれる神経保護作用を持つお薬がジスキネジアを改善させてくれる事もあります。

具体的には、

  • デパケン(一般名:バルプロ酸ナトリウム)
  • リーマス(一般名:炭酸リチウム)
  • リボトリール(一般名:クロナゼパム)

などが挙げられます。

抗てんかん薬自体が作用機序がまだ明確に分かっていないところがあるため、抗てんかん薬がどのようにジスキネジアを改善させているのかは分かりませんが、恐らく錐体外路の神経系を落ち着かせる事で、不随意運動を軽減させるのではないかと考えられます。

Ⅳ.その他

その他、

  • ビタミンEの大量投与
  • カルシウム拮抗薬
  • β遮断薬

などのお薬がジスキネジアに有効という報告もありますが、臨床的な印象としてはそこまで有効性は確認できません。

上記の方法で無効であり、なおかつジスキネジアがひどい時は、このような治療法が検討される事もあります。