醜形恐怖症を克服するための治療方法とは

醜形恐怖症(身体醜形障害)は自分の容姿に対する認知が歪んでしまい、実際は全く問題のない容姿であるにも関わらず「自分は醜い」と悩んでしまう疾患です。

自分の容姿を過剰に悪く評価してしまう事で自分に自信をなくし、生活にも様々な支障が生じてしまいます。

醜形恐怖症の多くには発症する原因があります。その原因を探り、少しずつ原因を解決していくことによって醜形恐怖症の症状は改善させることができます。

治療にはある程度の時間と根気が必要ですが、正しい方法で治療を行えば必ず症状は軽くなります。今日は醜形恐怖症の治療法について紹介します。

1.表面的に治そうとしない事

醜形恐怖症を治療する際に大切な事は「自分は醜い」という症状だけに焦点を当て、その症状のみを表面的に治そうとしない事です。

明らかな問題がないのに、自分の容姿を「自分は醜くて仕方ない」と評価している人がいると、私達はついついその認知が誤っている事を指摘し、その点のみを治そうとしてしまいます。

「あなたは全然醜くないよ」
「みんなあなたの容姿は問題ないって言ってるよ」

このように患者さんに伝えることは、正論ではありますが効果はありません。

本人は「自分が醜い」「周囲からも醜いと思われている」と感じていますので、確かに他者からこのように言われることで一時的に多少は症状が和らぐことはあります。しかし、いくらこのような説得を重ねても、根本的な症状が軽くなる事はありません。

むしろ、

「みんな私に気を使っているだけだ。気を遣わせて申し訳ない」
「あの人は私の事を何も分かっていない」

と考えてしまうリスクもあるでしょう。

醜形恐怖症において、患者さんは自分の容姿に対する認知(ものごとのとらえ方)が歪んでしまっているのは事実です。であればそれを修正してあげようという考えも理解はできます。

しかしこのように認知のゆがみだけを表面的に修正しようとしてもうまくは行かないのです。

醜形恐怖症の治療に当たって大切な事は、「私は醜い」と考えてしまうようになった原因を振り返る事で認知の修正をはかる事です。

もちろん「私は醜い」と悩んでいる方に、「そうだね、あなたは醜いよね」と同意する必要はありません。「私が醜い」という悩みがあって苦しんでるという気持ちは出来る限り理解しましょう。

醜形恐怖症の方に接する際の姿勢としては、

「私はあなたの事を醜いとは全然思わない。でも、あなたはそう感じてしまっている事はとてもつらくて苦しい事だと思う」

と共感の姿勢を持つことです。

周囲の方はなるべくそのような姿勢で接することで、患者さんも自分の気持ちを周囲に正直に話せるようになります。

正直に話せるようになれば、自分をふり返る機会も増えるため、認知の修正もはかりやすくなるのです。

2.醜形恐怖症の治療法

醜形恐怖症は、自分の容姿に対する認知が歪んでしまっている事で生じます。

治療の本質は、「自分の「醜い」と感じている評価は間違っているんだよ」という事を患者さんに分かってもらうことになります。

言葉で書くととても簡単なのですが、これが実際は難しく時間のかかる作業となります。

「自分は醜い」と確信している方に「あなたは醜くないよ」と言っても、信じてもらえるわけがありません。「お世辞を言われているだけ」と思われてしまったり、「この人は私の事を何もわかっていない」と思われてしまうだけです。

そのため醜形恐怖症の治療は、いくつかのステップを地道に踏んでいくことです。一段飛ばしで表面的な治療だけに終始してしまってはなかなか治す事は出来ません。

醜形恐怖症の治療法は患者さんによって異なってくるため、万人に共通のものはありません。そのため、ここではおおまかな治療の流れというものを紹介させて頂きます。

Ⅰ.まずは現状の確認と治療者との信頼関係を

まずは治療者や協力者(家族など)は、まずは患者さんが「私は醜いんだ」と感じている事を理解してあげる事が大切です。

「私はあなたの事を醜いとは思っていない。でもあなたが自分の事を醜いと思い、それでとてもつらい思いをしている事は分かる」

という姿勢が大切です。

そういう関係になる事によって、患者さんは自分のつらい気持ちをしっかりと言葉に出せるようになるのです。

信頼できない人からの言葉は、自分のこころの中には入っていきません。

「この人は私のために本当のことを言ってくれる」と信じている人から言われる「あなたの容姿は問題ないと思いますよ」と、そうでない人から言われる同様の言葉は、その重みは全く異なってきます。

醜形恐怖症の治療を受ける際に、まずは精神科を受診されると思いますが、自分の辛さや話をよく聞いてくれて、その上で丁寧に、しかししっかりとあなたの今の状態を評価してくれる先生に治療をしていただく必要があります。

醜形恐怖症はお薬だけでは治りません。ある程度長い期間、主治医の先生とともに治療を進めていく必要があります。

まずは今の自分の症状や辛さを治療者にしっかりと話し、その上で今の自分の病名や症状、治療方針といった医学的見解を聞きましょう。

Ⅱ.お薬もある程度は有効

治療初期にはお薬を使用することが少なくありません。

主に使われるお薬は「SSRI」と呼ばれる抗うつ剤です。

SSRIはセロトニンという物質を増やす事で、落ち込みや不安を軽減させる作用があります。醜形恐怖症の根本にあるのは、自分の容姿に対する「不安」であるため、それを和らげるのにSSRIは一定の効果が期待できます。

ただしSSRIの投与だけで醜形恐怖症が治る事はありません。SSRIは醜形恐怖症をスムーズに治るようにするための下地作りのようなイメージを持ってください。

SSRIは不安を和らげる作用の他、こだわりを取る作用もあります。ここからSSRIは強迫性障害にも用いられることがあります。

SSRIにもいくつか種類がありますが、「ルボックスデプロメール(一般名:フルボキサミン)」に定評があり、特に多く用いられています。

Ⅲ.醜形恐怖が発症した原因を深く見ていく

主治医と信頼関係ができ、2週間~1カ月ほどしてSSRIの効果がある程度発現してきたら、いよいよ治療の核心に入っていきます。

醜形恐怖症は「自分は醜い」と考えてしまう疾患ですが、もちろん本当に醜いわけではありません。自分の容姿に自信を無くす何かによって不安が高まり、自分を醜く感じてしまうようになってしまっているのです。

その「何か」を探り、発症原因を見つめ直すことによって、「自分は醜い」と自分に判断を下すようになったことは本当に妥当な判断であったのかを見直していきます。

醜形恐怖症発症の原因として多いものに、自分の容姿を否定された経験が挙げられます。例えば好きな人から「〇〇って以外と足太いな」と言われてから、自分の足が醜くて仕方なく見えるようになってしまったという方の場合、その好きな人は「〇〇の足は太いな」=「〇〇は醜いな」という意味で本当に言ったのだろうか、という事を客観的に振り返ってみる必要があります。

もしかしたら深い意味はなく軽い冗談でいっただけかもしれません。特に若い頃は照れ隠しで本当は悪意などないのに、つい相手をからかってしまう事も多いものです。

相手の真意というものは自分には分かりません。その真意には様々な可能性があるはずです。

色々な可能性がある中で「足が太いという事は醜いと言っているんだ」という可能性の1つを自分で断定してしまっただけではないのか、という事を見つめ直していきます。

例えば親からいつも「〇〇はかわいいね」と言われ続けて、そのため「自分はかわいくないと親から認めてもらえない」と感じてしまい、醜形恐怖症を発症してしまった場合であれば、そもそも本当に「かわいいからかわいがっている」「もしかわいくなければかわいがっていない」という親の育て方だったのであれば、それは親に非があり、自分は何も悪くないという事をふり返る必要があります。

子供の頃は親の評価は絶対ですので従うしかありません。しかし今振り返ってみて、その評価がそもそもおかしいものであれば、自分が悩むこともおかしいことだと気付くことができます。

あるいは親は「かわいくなければかわいがらない」という意図はなく、ただ単に「〇〇はかわいいね」と褒めていただけかもしれないという可能性だってあります。

このように原因を探り、そこから「自分は本当に醜いのか」という事を見つめなおしていきます。

見つめ直したからといってすぐに症状が消えるわけではありません。しかし「自分が醜いからあのような事があったわけではないかもしれない」という気持ちを少しずつ持てるようにしていくことが大切なのです。

Ⅳ.自分の中の「美しい」「醜い」の基準を明確化する

醜形恐怖症の患者さんの診察・治療を行っていると、

「美しい」「醜い」

ってそもそも何なのかという事を考えるようになります。

では美しさや醜さとは何なのでしょうか。

醜形恐怖症の方は、何を根拠に自分を「醜い」と判断し、どんなものを「美しい」と考えて自分の目標としているのでしょうか。

これが分からないと醜形恐怖症は治しようがありません。

実は「美しい」「醜い」の基準は人によって違います。そしてその定義は大抵、極めてあいまいです。

みなさんも街中で「かわいい」と感じる人を見た場合、「あの人は鼻が〇cm以上だから美しい」「あの人は左右の対称性のズレが〇mm以内だから美しい」と具体的に評価しているでしょうか。そんなことする人はいませんよね。だいたいの感覚で「かわいい」と評価しているわけです。

醜形恐怖症の方が持つ「美しい」「醜い」の評価も同様で、極めてあいまいで主観的であるものがほとんどです。

「自分のどの部位を、どのように醜いと思っているのか」
「自分のどの部位が、どうなれば醜くないと思えるのか」

このように漠然としている「醜い」を明確化させることも大切です。

具体的にしていくと、実は「醜い」には根拠のないものも多い事に気付きます。根拠がないから「じゃあ自分は醜くないのだ」とすぐになるわけではありませんが、治療が進むにつれて「自分が醜いというのは、思い込みが強すぎたところもあるのかもしれない」と気付きやすくなります。

Ⅴ.精神療法を併用する

醜形恐怖症を発症してしまった原因を探り、自分の「美しい」「醜い」の根拠を具体的にしていったら、いよいよ「自分は醜い」と感じているあやまった認知にアプローチしていきます。

王道の精神療法としては「認知行動療法」があります。これは、自分が無意識のうちに作ってしまった偏った認知を修正していく治療法です。

▽ 認知行動療法はどのような特徴を持つ治療法なのか

また、不安が強い方には「森田療法」という「あるがままの自分を受け入れる」という考え方を取り入れていくことも有効です。

▽ 森田療法とはどのような治療法で、どんな人に向いている治療法なのか

醜形恐怖症は、強い不安が原因となっているため、不安を軽減させるような治療法が効果を示すこともあります。

不安を消してくれるものは「自信」や「安心」です。一緒にいて安心できるような人や相談しやすい人を多く作ったり、生活の中で小さな成功体験を積み重ねて自信がつけていくといった、日常生活の中でのちょっとした工夫も治療に有効です。

3.完璧に治す必要はない

醜形恐怖症の治療で1つ気を付けないといけない事があります。

それは醜形恐怖症を完璧に治療する必要はないという事です。

「治療」というと、私達はつい症状を完全に取ろうとしてしまいます。

もちろん症状は完全に取れる事が理想ですが醜形恐怖症の場合、症状を完全に取る必要はありません。

例えば、一般的に見てとても美しい人がいたとします。その人が醜形恐怖症を発症してしまったとしましょう。症状を完全に治すという事は、「私は美しい」という認知を得る事になるでしょう。

しかしここまでする必要があるでしょうか。

「私は綺麗ではないかもしれないけど、今ではまぁそれでもいいかと思えている」という認知でも、生活していくには十分ではないでしょうか。

そもそも、例えその人が本当の美人だったとしても「自分は美人だ」と思わなければ正常ではないという事はありません。実際に世の中には自分を謙遜したり遠慮がちの方も多いですが、それで特に問題となっていなければそのような人達は何も異常ではありません。自分の容姿を過剰に卑下しておらず、生活が普通に支障なく送れている程度であればそれで問題ないはずです。

醜形恐怖症の治療のゴールは、一般的な容姿の認知を患者さんに植え付ける事ではありません。

生活に支障がない程度に認知の修正が図れ、不要に自分を傷付ける事がなければそれで十分なのです。

実際、「私は本当に醜いんです」と訴えて精神科にいらっしゃる醜形恐怖症の方を治療しても、「自分は美しいと思えるようになりました!」という結果になる事はまずありません。

多くの場合、「自分はきれいではないかもしれないけども、それはそれで良いと受け入れられるようになりました」となり、これで十分幸せに生活していけます。

醜形恐怖症は、治療のゴールを間違えないようにする事が大切です。

また醜形恐怖症はある程度年齢を重ねると自然と症状が軽くなる傾向があります。醜形恐怖症は10代に一番生じやすい疾患ですが、30代を超えると自然と症状は良くなっていきます。

正常な人であっても、自分の容姿に一番敏感なのは10代で、30~40代になるとだんだん自分の容姿にそこまで頓着しなくなります。

こういった事も影響しているのでしょう。

ある程度、生活に支障が生じない程度にまで修正できれば、あとは時間が経つにつれて自然と治っていくことも少なくないのです。