アスペルガー・発達障害・自閉症の新薬!?オキシトシンの効果と展望

自閉症スペクトラム障害(自閉症、発達障害、アスペルガー症候群など)は、治療が長期に渡ることの多い疾患です。

その理由として、これらの疾患は根本を治す治療法というのが存在せず、環境調整や生活への工夫で治療をしていくことが一般的だからです。このような治療法は患者さん自身も努力を続けなければ効果が得られにくいため、どうしても治療に時間がかかってしまうのです。

お薬が用いられることもありますが、自閉症スペクトラム障害に用いられるお薬というのは鎮静をかけることでイライラやかんしゃくを抑える目的で用いられる抗精神病薬であり、あくまでも対症療法的(その場の症状を抑えるだけ)で疾患の中核的な症状を改善させるようなものではありません。

しかし近年、「自閉症にオキシトシンが効くのではないか」という報告がされ、自閉症スペクトラム障害の中核的な症状をお薬によって改善させることができるのではないかと大きな注目を集めています。

自閉症スペクトラム障害で悩んでいる方は非常に多く、患者さんの数は人口の1.0~2.5%ほどもいると言われています。もし自閉症スペクトラム障害の中核を治せるお薬があるとなれば、これは革命的な発見となるでしょう。

果たしてオキシトシンは自閉症スペクトラム障害に効果がある物質なのでしょうか。またオキシトシンとはどのような物質なのでしょうか。

今日は自閉症スペクトラム障害の治療薬として期待されている「オキシトシン」について詳しくお話させて頂きます。

1.自閉症スペクトラム障害とは

オキシトシンについて詳しく説明する前に、まずは自閉症スペクトラム障害とはどのような疾患なのかを簡単に紹介させて下さい。

自閉症スペクトラム障害(ASD:Autism Spectrum Disorder)は、

  • 人とうまくコミュニケーションが取れない(対人関係の障害)
  • 相手の立場になって考えることが出来ない(想像力の欠如)
  • 強いこだわり

といった対人コミュニケーションの障害を認める一群の事です。

私たちは毎日色々な人と接して生きています。この対人に障害を認めるため、自閉症スペクトラム障害の方は日々非常につらい思いを抱えながら生きています。

以前は稀な疾患だと考えられていましたが、近年の詳しい調査では人口の1.0~2.5%ほどに認められることが分かり、自閉症スペクトラム障害で苦しんでいる方は非常に多くいることが分かってきました。

自閉症スペクトラム障害は、以前は、

  • 自閉症
  • (広汎性)発達障害
  • アスペルガー症候群

など、様々な名称で呼ばれていました。厳密に言えばそれぞれに違いがあるのですが、混乱を避けるため現在ではこれらをまとめて「自閉症スペクトラム障害」と呼んでいます。

自閉症スペクトラム障害の方は人との交流が上手く行えないため、人に誤解されたり悪意はないのに人を不快にさせてしまう事があります。そのため学校や仕事といった集団生活に上手く適応できず、本人は非常につらい思いをすることになります。

2.自閉症スペクトラム障害の治療法

現在、自閉症スペクトラム障害の治療はどのようになっているのでしょうか。

実は自閉症スペクトラム障害の問題点として、「有効な治療法がない」ことが挙げられます。

自閉症スペクトラム障害は生まれ持った障害だと考えられています。詳しい発症原因は特定されていませんが、胎児期の成長の過程において、何らかの理由で脳に微細な異常が生じることで発症するのではないかと考えられています。

脳の微細な障害をお薬で修復することは難しいため、現時点では自閉症スペクトラム障害を治療する特効薬というのは存在しません。

現在の自閉症スペクトラム障害の治療は、

  • 対人コミュニケーションスキルをトレーニングで学んでいく
  • 相手の気持ちを考えられるような考え方を身に付ける
  • なるべくストレスの少ない環境になるよう環境整備をする
  • 精神的な不安定さを和らげるためにお薬を使う

といったものになります。どれも有効な治療法である事に間違いはありませんが、残念ながら根本を治している治療ではありません。

このように自閉症スペクトラム障害の治療法は「お薬を飲めば治る」という簡単なものではありません。治療には本人の多くの努力を要します。また治療中に失敗や挫折を繰り返すこともあるため治療は長期間に渡りますし、周囲の協力も不可欠になってきます。

3.自閉症スペクトラムの治療薬として注目されているオキシトシンって何?

近年、自閉症スペクトラム障害の症状改善に「オキシトシンが有効なのではないか」と指摘されています。

では、このオキシトシンって一体何なのでしょうか。

オキシトシンというのは人の脳にある脳下垂体後葉から分泌されているホルモンです。科学的に合成された薬物ではなく、私たちの身体で日々分泌されているホルモンなのです。

オキシトシンの作用には様々なものがありますが、代表的なものに「子宮の収縮」「乳房筋上皮の収縮による乳汁分泌」といった筋肉の収縮作用があります。妊婦さんが赤ちゃんを産む(分娩する)時に子宮が収縮しますが、これはオキシトシンが分泌されることで生じる現象です。そのためオキシトシン製剤は、陣痛促進剤として産婦人科領域でも用いられています。

これらはオキシトシンの末梢(脳以外)における作用になります。

またこれ以外にもオキシトシンには面白い作用があります。

オキシトシンの作用は、まだその全てが解明されているわけではないのですが、中枢(脳)に作用することで、

  • 恐怖心を和らげる
  • 他者を信用しやすくなる
  • 他者に共感しやすくなる

といった「社会適応性を高める作用」がある事が知られています。

またオキシトシンの分泌量は、

  • 抱きしめられる
  • 人に触れる
  • 性行為をする

など他者とのふれあいによって高まることも報告されています。

このような特徴からオキシトシンは、社会性や対人関係に影響を与える物質であると考えられています。

4.オキシトシンは自閉症スペクトラム障害にどのような効果があるのか

ではオキシトシンは、自閉症スペクトラム障害にどのような効果があるのでしょうか。

自閉症スペクトラム障害は、「対人コミュニケーションの障害」であると言えます。そしてオキシトシンは「社会性を高めるホルモン」だと言えます。という事は、自閉症スペクトラム障害の方にオキシトシンを投与する事で、自閉症スペクトラム障害の方の社会性の改善が得られるのではないかと考えられます。

この、「オキシトシンを自閉症スペクトラム障害の治療に使う」という発想が最初に生まれたのは、オキシトシンを動物に投与すると、

  • オスとメスがつがい(雌雄のペア)を形成しやすくなる
  • 子供を養育する行動をしやすくなる

といった行動が認められたことが始まりです。

このようにオキシトシンを投与することで他者との関係の向上が促されることが確認されたことが発端です。

更に自閉症スペクトラム障害の方の血中オキシトシン濃度を測定してみると低下例が多い事が確認されました。

またヒトにオキシトシンを投与した研究では、

  • 人と人の間の絆を強める
  • 相手への共感を高める
  • 社会性を高める
  • 相手と視線を合わせることが増える

といった作用があることが分かってきました。

ここから、「自閉症スペクトラム障害はオキシトシンの不足が一因であり、オキシトシンを投与すれば改善が得られるのではないか」という発想が生まれたのです。

5.自閉症スペクトラム障害治療薬「オキシトシン」の展望

ではオキシトシンは自閉症スペクトラム障害の特効薬となりうるのでしょうか。

現時点で分かっているオキシトシンについて紹介させて頂きます。

Ⅰ.剤型は点鼻薬となる

オキシトシンは脳で分泌されるホルモンです。社会性の改善や対人関係の改善は、オキシトシンが脳に作用することで得られると考えられていますので、投与するオキシトシンも脳に作用してくれないといけません。

残念ながらオキシトシンを服用したり注射したりしても、そのほとんどは脳に到達できません。脳に入るためには血液脳関門(BBB)と呼ばれる関所を越えないといけないのですが、オキシトシンはこの関所を超えることができない物質だからです。

という事はもしオキシトシンを含む飲み薬があったとしてそれを飲んでも、子宮の収縮や乳汁の分泌が得られるだけで、脳に作用することで得られる社会性の改善は期待できない事になります。

しかし、点鼻薬(鼻にさすお薬)であれば脳に到達することが確認されています。

そのため自閉症スペクトラム障害にオキシトシンを使う場合には、点鼻薬という剤型になるでしょう。点鼻薬というと聞き慣れないかもしれませんが、アレルギー性鼻炎(花粉症)などで使うようなお薬と同じです。

オキシトシンが鼻からどのような経路を辿って脳に到達するのかはよく分かっていませんが、結果的に脳に到達することは確認されています。このような理由から自閉症スペクトラム障害治療薬としてのオキシトシンは、点鼻薬という剤型で使用することになる可能性が高そうです。

Ⅱ.オキシトシンの効果の根拠はまだ乏しい

オキシトシンが自閉症スペクトラム障害の症状改善に効果があったという報告は確かにあります。これを聞くと、「自分も早く使ってみたい!」と考える方は多くいらっしゃると思います。

自閉症スペクトラム障害によって日々苦しい思いをしている方は非常に多いため、「今すぐ使ってみたい」と考える気持ちはよく分かります。

しかしオキシトシンの効果の根拠はまだ不十分な段階であり、過度に期待しすぎてはいけません。

オキシトシンが社会性の改善に効果があったという報告は確かにあるのですが、一方でオキシトシンを投与してもあまり改善が得られなかったという報告もあります。

実はオキシトシンが自閉症スペクトラム障害に効くというのは、まだ確立された評価ではありません。「効く」とする報告もあれば、「効かない」とする報告もあるため、現時点では「効く可能性はあるけど、確実とは言えない」という程度のものなのです。

これから研究・調査が進むにつれて少しずつ、「オキシトシンは本当に自閉症スペクトラム障害に効くのか」に対する答えが見えてくるでしょう。しかしそれにはもう少し時間がかかりそうです。

Ⅲ.オキシトシンで自閉症スペクトラム障害の全てが解決するわけではない

今までの自閉症スペクトラム障害に対するオキシトシンの効果の研究を観ていると、オキシトシンは自閉症スペクトラム障害にある程度は効く可能性があります。

しかし「オキシトシンを投与すれば全てが解決する」というような特効薬ではないような印象があります。

確かにオキシトシンを投与することで、

  • 自発的に他者とコミュニケーションを取ることが多くなった
  • 相手と視線を合わせるようになった
  • 共感する態度を示すようになった

といった社会性の改善を報告した研究もありますが、自閉症スペクトラム障害の症状の全てを解決したという報告は見当たりません。

これからオキシトシンの研究が進み、もし「オキシトシンは自閉症スペクトラム障害に効果がありますよ」としっかりと認められたとしても、現在行われている

  • 対人コミュニケーションスキルをトレーニングで学んでいく
  • 相手の気持ちを考えられるような考え方を身に付ける
  • なるべくストレスの少ない環境になるよう環境整備をする
  • 精神的な不安定さを和らげるためにお薬を使う

といった地道な治療法も引き続き併用していく必要があるでしょう。今までの治療法が不要になるほどの絶大な効果のある治療薬ではなさそうです。