几帳面な性格で苦しんでいる方に知って欲しい事と取り入れて頂きたい事

几帳面

何事も「きちんと」「正確に」「細かいところまで」しっかりと行うような方は「几帳面」と呼ばれます。

「頼まれた事は妥協なくしっかりとやり遂げる」
「時間や約束をしっかりと守る」
「綺麗に整理整頓する」
「礼儀正しい」

このような几帳面な性格は、社会の模範となるような素晴らしい性格です。

何事もしっかりと行う事は、自分自身のためにも大切な事ですし、周囲の方への気遣いとしても重要な事です。

指定された期日をきっちりと守ってくれる。
いつも礼儀正しく応対してくれる。
いつも身の回りを綺麗に整えている

このような対応をされてイヤな気分になる方はいないでしょう。

しかし一方で、几帳面も度が過ぎると悪い影響が出てしまう事もあります。几帳面は何でもきちんと、正確に、細かく行う性格ですから、度が過ぎれば完璧を求めすぎるあまり疲弊してしまう事があるのです。

実際、精神科・心療内科を訪れる方の中には「几帳面な方」が少なくありません。細かい所まできちんとやり終えないと気が済まないため、1つの作業に膨大な時間がかかってしまい、自分も疲弊し、周囲もうんざりしてしまうという状況になってしまう事もあります。

適度な几帳面さは、社会の中で生きていくために必要なとても素晴らしい性格です。しかし度を超えた几帳面さは、かえって自分を傷付けてしまう事もあるのです。

この場合、「ほどほどの適当さ」を性格の中に取り入れてあげる必要があります。そうする事によって、度を超えた几帳面さが適度な几帳面さに修正されていきます。

今日は「几帳面な性格」で悩んでいる方へ、その苦しみから解放されるためにはどのような方法があるのかを考えてみましょう。

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1.几帳面とはどのような性格か

まずは「几帳面(きちょうめん)」という性格がどのような性格なのかを見ていきましょう。

几帳面は何事に対しても、きちんと、正確に、細かいところまでしっかりと行うような性格の事です。

例えば、

  • 部屋が常に整理整頓されている
  • 仕事は必ず期日までに、高い完成度で仕上げる
  • 細かい事もしっかりと覚えている
  • お礼や挨拶など、礼儀がしっかりしている

ような方は「几帳面な性格」と評価されます。

几帳面な性格は、社会の模範となるような素晴らしい性格です。

それは上記と反対の性格を考えてみれば明らかです。

「常に部屋が散らかっている」
「仕事の期日を守らない」
「仕事の完成度が低く雑」
「大事な事をよく忘れる」
「お礼や挨拶といった礼儀がなってない」

このような人は良い性格だと言えるでしょうか。

このような人と仲良くしたいと思う人は少ないでしょう。また自分の周囲がこのような人間ばかりであったらウンザリしてしまうのではないでしょうか。

日常で「几帳面」という言葉は、あまり良い意味で使われない事が多いのですが、まず「几帳面」は悪い性格ではなく、素晴らしい性格だという事を理解して頂きたいと思います。

なので、もしあなたが「几帳面な性格」で悩んでいるとしたら、まず最初に「この性格は本来は素晴らしい性格なのだ」と自信を持って頂きたいのです。

几帳面な性格を治したいというと、几帳面がまるで悪者のように感じられるかもしれませんがそんな事はありません。

どんな性格にも良い面もあれば悪い面もあります。几帳面も同じです。

ただ、几帳面は素晴らしい性格である一方で、度が過ぎてしまうと過度に完璧を求めてしまうあまり、自分や周囲を疲弊させてしまう側面があるという事です。

そのため、几帳面さを治そうと考えるのであれば、几帳面の全てを否定するのではなく、良い面は残して、自分を疲弊させてしまう悪い面だけを修正していくという考えを持ってください。

ちなみに几帳面という言葉は、元々は建築に使われていた木材が由来だそうです。間仕切りとして用いられていた「几帳」という家具(つい立てのようなもの)があり、この几帳の柱の角は綺麗に細かく削ってあり、綺麗に整えられています。

ここから几帳の面のように綺麗に、細かくしっかりと整えているような人の事を「几帳面」と呼ぶようになったそうです。

2.几帳面な性格の欠点

どんな性格でも良い面もあれば悪い面もあります。「几帳面」という性格も例外ではなく、良い面がたくさんある一方で、やはり悪い面もあります。

几帳面さから生まれる完成度の高い行動は、自分に自信を与えてくれ、また相手から信頼も得る事が出来るでしょう。

しかし一方で、高い完成度を求めすぎる過度な几帳面さは、心が疲弊させてしまうかもしれません。

几帳面さというのは社会的には模範となるような素晴らしい性格である一方で、労力を使う性格です。

例えば部屋を常に綺麗に整理整頓する事は、そうしない事と比べれば労力も神経も使います。仕事を完成度高く、期日までに仕上げるという事も同じで、そうしない事と比べれば労力・神経を使います。

このように几帳面な性格の人は、そうでない人に比べて身体的・精神的ストレスがかかりやすいという側面があるのです。

ここでは几帳面さが持つ欠点について改めてみてきましょう。

Ⅰ.疲れやすい

几帳面の度が過ぎてしまうと、「疲弊しやすい」という傾向があります。これは「几帳面」の1つの欠点と言ってもいいでしょう。

ではなぜ、几帳面な人というのは疲弊しやすいのでしょうか。

これは几帳面な人は、「完璧を求める」「高い完成度を求める」という傾向があるためです。目指す目標が高いため、通常の方よりも労力や神経を多く使う事になります。

人の体力や集中力というのは、人によってそう大きく差はありません。そのため人よりも労力や神経を使いすぎる事が続けば、心身は疲弊してしまいます。

適度な几帳面さであればまだ良いのですが、

「少しでも物が落ちていると気になって仕方ない」
「仕事の小さなミスも許せない」

といった程度になってしまうと、常に神経を張り、常に作業を続けるような状態となってしまうため、容易に心身は疲れ果ててしまうのです。

Ⅱ.周囲に圧力をかけやすい

几帳面な方は、自分だけでなく周囲にも気を遣わせてしまう事があります。

例えば、「部屋にゴミが落ちていると気になって仕方ない」という方は、誰かが部屋にゴミを落としてしまうとそれを取らずにはいられません。

そうなれば周囲の人はゴミを落とさないように常に気を遣う事になります。

「仕事の小さなミスも許せない」という方は、チーム内で誰かがミスをするとそれも許せません。そうなれば周囲の人は「ミスをしてはいけない」と大きなプレッシャーを受ける事になります。

完成度の高さを求める事は悪い事ではありません。しかし私たちは一人で生きているわけではなく多くの人間の中で生きています。自分に高い完成度を求めると、どうしても周囲にもある程度の完成度を求めてしまう事になるのです。

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3.几帳面すぎる性格を修正するために

几帳面すぎる性格を治したいという方は少なくありません。過度に几帳面な方が、適度に几帳面になるにはどのような工夫があるでしょうか。

私が診察で「几帳面過ぎる」患者さんにご提案していることをいくつか紹介します。

Ⅰ.几帳面の背景に隠れた感情を見直す

適度な几帳面と度を超えた几帳面の境目はどこにあるのでしょうか。

几帳面すぎる自分を治したいという方は、どの程度まで几帳面さを緩めればよいのでしょうか。

実は、生活に悪影響のない「適度な几帳面」と、自分自身を苦しめてしまう「度を超えた几帳面」は、几帳面さを生じさせる根底の感情に大きな違いがあります。

適度に几帳面である方は、「自分を高めたい」「相手に良い気持ちになって欲しい」という前向きな気持ちから几帳面な行動を取ります。

部屋を整理整頓するのは、自分が気持ちよく部屋で過ごしたいから、そして友人やお客さんが自宅に来た時に気持ちよく過ごしてほしいからです。また頼まれた仕事を期日までにしっかり完成させるのは、相手に喜んでもらいたいからです。

しかし過度に几帳面である方は違います。「これ以上ダメな自分になりたくない」「周囲にどうしようもない人間だと思われたくない」という後ろ向きな気持ちから几帳面な行動を取ります。

このような感情からの行動は「不安」に支配されています。そして、その不安を拭い去ろうとして完璧な行動を取ろうとするのです。しかし私たち人間は不完全な生き物ですから完璧な行動などとれるわけがありません。

すると「やっぱり自分はダメなんだ」「周囲にどうしようもない人間だと思われたに違いない」と不安が増悪し、更に几帳面さが過度になるという悪循環に陥ります。

過度に几帳面な性格を治したいという方は、この両者の違いをしっかりと意識する必要があります。

そして自分の几帳面な行動はどちらの感情から引き起こされているのか認識するようにしてみましょう。

その几帳面な行動が「不安」から引き起こされているのであれば、その行動は自分を苦しめる行動です。反対に「前向きな気持ち」から生じているのであれば、それは自分にとって悪い行動ではありません。

自分を苦しめる行動である前者をなるべく減らしていくようにし、後者はそのまま残すように意識してみましょう。

Ⅱ.人は間違える生き物だと理解しよう

過度に几帳面な方は「完璧」を目標としてしまっています。

完璧を目指しているのに、人間は完璧にはなれません。

この矛盾が苦しみを生み出しているのです。

「仕事でミスをする自分が許せない」という方は、仕事でミスがゼロになる事を目指しています。しかし人間である以上、仕事でミスをゼロにする事は出来ません。

いくら努力して神経を研ぎ澄まし続けても、目指しているところに到達できませんので、ただ心身が疲弊していきます。

過度な几帳面さで苦しんでいる方は、自分がこのような悪循環に陥っている事を認める必要があります。

私たち人間は間違える生き物で、ミスをせずに生きる事はできません。それはあなたの能力が低いからではなく、人間というのがそもそもそういう生き物なのです。

ミスをする自分を受け入れる事、ミスをする自分を許す事を覚えるようにしましょう。

Ⅲ.几帳面さで得られるものと失うものを考えよう

適度な几帳面さは得られるものが多く、失うものは少しです。

反対に過度に几帳面だと得られるものが少なくなっていき、失うものが多くなります。

この差を具体的に認識できるようになると、几帳面な行動にブレーキをかけられるようになります。

具体的な例を見てみましょう。

60点の完成度で合格の仕事があったとします。

適度に几帳面な人は80点を目指します。80点は不可能な目標ではありません。人間ですから多少のミスはありますが、それをちゃんと織り込んでいるからです。

しかし合格点の60点は上回っていますから、「ちゃんとした仕事をしてくれる人だ」と周囲からの評価も高まりますし、自分も達成感を感じる事が出来るでしょう。

もちろん、それなりの努力をしなくてはいけませんし神経も使いますが、総合的に考えれば得られるものの方が多く、失うものは少ないと言えるでしょう。

過度に几帳面な人は100点を目指します。しかし100点は達成不可能な目標です。間違える生き物である私たち人間の作業が「間違えない事」を前提として進められており、どう考えても矛盾しています。

不可能な事を達成しようとするのですから、果てしない労力と神経を使います。またチームでの仕事であれば自分だけでなく周りも巻き込み疲弊させてしまうでしょう。

更にいくら頑張っても100点満点の仕事というのはなかなか出来ませんから、期限までに完成できなくなってしまう可能性も高くなります。

こう考えると得られるものが少ない割に失うものが多い事が分かります。

このように得られるものと失うものを具体的に考えてみると、「もう少し力を抜いてやってもいいかな」と考えやすくなります。

Ⅳ.敢えて適当で「我慢」してみる

ここからは実践的な訓練です。

自分が「許せない!」と感じる適当な状況に敢えて自分をおいて、我慢してみましょう。

「部屋が散らかっていると気になって仕方ない」のであれば、敢えて部屋を少し汚して、その中で少し耐えてみましょう。

このような方法は「暴露療法」と呼ばれます。

暴露療法を簡単に言えば、「苦手なものに少しずつ慣れていく訓練」です。

例えば、部屋の汚れが気になって、1日に何回も部屋の掃除をしないと気が済まないという方に、敢えて掃除をしないで1日部屋で過ごしてもらい、少しずつその環境に慣れてもらうというような方法です。

暴露療法は段階を細かく刻んで、小さな成功を積み重ねていく事がポイントです。

例えば1日に何回も部屋の掃除をしていた人に、いきなり「1か月部屋の掃除をしてはいけない」とすれば失敗する可能性は高くなります。

「まずは掃除は1日2回まで」
「それで慣れてきたら1日1回まで」
「それで慣れてきたら2日に1回まで」

などと少しずつ少しずつ負荷を上げていく事がポイントです。

Ⅴ.適当の良さを知る

あまり几帳面ではない友人や知り合いがいらっしゃったら、その人と一緒に生活する事で几帳面ではない事の良さを体感してみても良いでしょう。

実際のその人の考え方や生活に触れてみて、

「別に今ほど几帳面でなくても生きる上で困らないんだ」
「あの人みたいに適度に適当な気持ちを持った方が人生が楽しそうだ」

と実感する事が出来れば、几帳面さを緩めるきっかけになるでしょう。

4.強迫性障害の可能性があれば病院へ

過度に几帳面な方は、まずは上記で紹介したような方法を試してみましょう。

しかしそれでは全く効果がなく、几帳面さによって生活に大きな苦しみや支障が生じているような場合、「強迫性障害」という疾患に至っている可能性があります。

強迫性障害(OCD:Obesessive Compulsive Disorder)は、強迫観念(ある考えにとらわれてしまう)と強迫行為(ある行為を繰り返し行ってしまう)を主とする疾患で、典型的な症状として

「家の鍵がかかっているのか不安になり、何度も確認してしまう」
「手の汚れが気になり、何度も手洗いをしてしまう」

などがあります。

強迫性障害では、患者さん自身も「なんでこんなバカバカしい事を考えてるんだ」「こんな事、何度もやっても意味ないのに・・・」と分かっているのに、それでも「鍵がかかってなかったらどうしよう」「手にばい菌がついていたらどうしよう」という不安や恐怖にとらわれてしまい、行為をやめる事ができません。

本人は非常に苦しい思いをしており、生活や将来に大きな不利益をきたす疾患です。

強迫性障害である場合は専門的な治療が必要になりますので、精神科を受診し、精神科医の診察・治療を受ける必要があります。

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