日々、精神科診療に携わっていると患者さんから様々な相談を頂きます。
お話を聞かせて頂くと、皆さん様々な悩みや苦しみに耐えながら本当に頑張っていらっしゃると感じます。悩みをお話された後、「こんな事を話せるのは先生だけですよ」とこぼされる方も少なくありません。
こう言って頂けると、患者さんのお役に立てて嬉しく感じます。しかし一方で、「もっと自分の周りの人にも心を開いて相談しても良いのにな・・・」とも感じてしまいます。
精神科にいらっしゃる方は他者に心を開くのが苦手な方が少なくありません。それは「人に迷惑をかけてしまうから・・・」という気持ちや、心の中を見透かされてしまう事で「自分の弱みを知られるのが怖い」「馬鹿にされたりしないだろうか」という不安から来ているようです。
もちろん心を開く相手は選ぶ必要があり、誰にでも簡単に心を開く事が良いというわけではありません。しかし信頼できる他者に心を開く事が出来るようになると、人とのより深いつながりを得られるようになります。
私たちは人とのつながりによって安心を感じます。周囲の人に心を開ける良い関係が築ければ、毎日はもっと穏やかなものになると思うのです。
では心を開くのが苦手な方が、今より心を開けるようになるにはどのような事を工夫したら良いのでしょうか。
心を開くのが苦手な方々のお話を聞いてきた中で感じる、「心を開くために有効な考え方」を紹介させて頂きます。
1.心を開くと得られるもの
悩みや苦しみが生じた時、それを自分の中に溜め込み、あまり外に出そうとしない方は多いのではないでしょうか。
辛い事があっても顔に出さずにグッとこらえる。
イヤな事があっても文句も言わず耐える。
どんなに苦しくても決して弱音を吐かない。
このような方々に対して、みなさんはどのようなイメージを持つでしょうか。「強靭な精神力だ」「忍耐強い」「男らしい」と良い評価をされるかもしれませんね。
もちろん、ストレスが生じてもこのように自分の中で解決しようとする姿勢は素晴らしいものです。
しかし人の心は外からは見えませんから、その人の心がどれだけ疲弊しているかは、言葉や態度で表さないと周囲は気付きません。
本当はもう心がボロボロだったとしても、言葉に出さずに耐え続けていれば周囲からは「あの人はどんな事があっても応えない強靭な精神を持っているんだな」とみられてしまうかもしれません。
本当は辛くて誰かに助けてもらいたいと思っていても、ただ耐えているだけだと「あの人は周囲の助けなんていらないくらい強い人間なんだ」と誤解されてしまうかもしれません。
心を開くという行為は、外からは見えない「心」の状態を、相手に言葉や態度で伝えるという行為なのです。
それは自分の「弱さ」を見せてしまうという面もありますが、一方で自分の辛い気持ち・苦しい気持ちを周囲に分かってもらえるという面もあります。そしてお互いのこころを分かち合う事で「つながり」が得られるのです。
すると、苦しい時であっても穏やかに過ごしやすくなるのです。
他者とのつながりを感じられると、私たちは安心を感じます。他者とのつながりが深ければ深いほど、得られる安心も強くなります。
相手に対して「私はこういう人間です」「私はこんな事で困っています」と自分の心の状態を開示する事は、相手とのつながりを深めてくれる効果があるのです。
もしあなたがストレスを一人で抱え込みがちで、いつも孤独感を感じて苦しいようであれば、日々の生活に「心を開く事」を取り入れてみてもいいかもしれません。
心の開けるようになる事で、今よりもこころ穏やかに過ごせるようになるはずです。
2.心を開くには訓練が必要
「もっと心を開くようにしましょう」
「つらい事はもっと周囲に相談してみましょう」
「自分の弱みを見せる事を恥ずかしいと思わないようにしましょう」
心を開く事が苦手だというと、このようなアドバイスをされる事があります。
確かにこのように心を開く事が出来るようになれば、気持ち穏やかに過ごしやすくなるでしょう。
しかし、今まで周囲に心を開いてこなかった人が、このようなアドバイスをされたからといって、すぐに心を開けるようになるはずがありません。
心を開くという事は、自分の感情や悩み・苦しみを相手に伝えるという事です。他者からは見えない自分の心の奥深くにある気持ちをさらけ出すわけですので、それに抵抗を感じるのはおかしい事ではありません。
自分の心の中というのは「弱み」や「弱点」にもなりえる情報ですので、これは誰にでも話せる事ではありません。当然話す相手は慎重に選ぶ必要があります。
心を開く事に慣れないうちは、
- この人は心を開いても良い相手なのか
- どのくらい心を開いても大丈夫なのか
- どうやって心を開いていけばいいのか
といった事がなかなか分かりません。
これらはマニュアル化できるものではありません。日々の対人関係の中で少しずつ自分で学んでいくしかないのです
しかし心を開くべきでない相手に心を開いてしまうと、自分の弱点を知られてしまうというリスクもあります。そのため心を開く訓練は「慣れるまではどんどん失敗して良い」というものでもありません。
心を開く事には、このような難しさがあるのです。そのため大人になって、ずっと心を開く事が出来ないままという方も少なくないのです。
心を開く事が出来ないと、自分の中に生じた苦しみをずっと自分一人で解決しなければいけなかったり、解決できないものはずっと自分の中で抱え込み続けなくてはいけなくなります。
一方で信頼できる相手に心を開けるようになれば、苦しみを周囲と共有する事で安心感を得る事ができます。これはこころ穏やかに日々を過ごすためにとても役立ちます。
心を開けるようになると、今までよりも精神的にずっと楽に日々を過ごせるようになるのです。このメリットは生きていく上で決して小さくありません。
心を開くための訓練は、少し時間がかかるものですが、このようなメリットもあるため、ぜひ心を開く事が苦手な方は実践して頂ければと思います。
3.なぜ心を開けないのか
他者に心を開けないという方は、どうして他者に自分の感情や考えを伝える事ができないのでしょうか。その背景にはどのような気持ちが隠れているのでしょうか。
心を開くのが苦手な方というのは、
「人に迷惑をかけてはいけない」
「自分の弱みを見せたくない」
という気持ちが強い傾向にあります。
これらの気持ちを持つ事はおかしくはありません。誰だってなるべく人に迷惑はかけたくないと思っていますし、世の中善人ばかりではありませんので不用意に自分の弱みを見せない方がいいのも当然の事です。
しかしこの気持ちが強すぎると周囲に頼れず、自分の中の苦しみを一人でずっと抱え込み続ける事になってしまいます。
また周囲からも「この人は何を考えているか分からないな」「この人はあまり人と関係を持ちたくない人なんだな」と判断されてしまい、更に孤独になってしまう傾向があります。
そうならないためには、適度に心を開けるようになる必要があるのです。
心を開けない理由は「人に迷惑をかけたくない」「自分の弱みを見せたくない」の2つが多くを占めますので、この気持ちを軽減させるような行動を日々取っていく事で、少しずつ自分の心を開示する事が出来るようになってきます。
人に迷惑をかけたくないから心を開けないという方は、心を開く事が相手にとって迷惑ではないという事を理解し、その上で少しずつ心を開いていくような訓練をする必要があります。
また人に弱みを見せたくないという方は、弱みをさらけ出してもそれを受け入れ、真剣に向き合ってくれるような人を見つけ、その信頼できる人に対して少しずつ心を開いていく訓練が必要です。
ちなみに、これら「迷惑をかけちゃいけない」「自分の弱みを見せちゃいけない」という考えをほとんど持たない生き物がいる事をご存知でしょうか。そのような生き物を参考にすれば心を開くメリットがイメージしやすくなるでしょう。
それは「赤ちゃん」や犬などの「ペット」です。
赤ちゃんやペットは「迷惑をかけちゃダメだ」「弱みを見せるのは恥ずかしい」なんて考えませんから、自分の感情や欲求をダイレクトに表現してきます。嬉しい時も悲しい時も自分の感情をダイレクトに表現しますよね。
対応する相手はその分だけ手を焼きますが、でもだからといって赤ちゃんやペットが相手から迷惑がられたり馬鹿にされたりするかというとそんな事はありません。
むしろダイレクトに何かを要求してきたり甘えてきたりと助けを求めてくればくるほど、相手は愛しさや好意を感じ、両者の関係はどんどんと深まっていきます。
私たちもそれと同じです。しかるべき相手に心を開くという事は、迷惑な事でもないし、馬鹿にされたり情けないと思われるような行為でもないのです。
心を開く事で人に迷惑をかけてしまったり、弱みをみられてしまうという心配をされる方は多いのですが、実際はそのデメリットは非常に小さく、心を開いた方が相手とより良好な関係を築けるのです。
4.まずは挨拶や世間話から
では具体的には日々の生活でどのような事に気を付ければ適切に心を開く事が出来るようになるのかを考えてみましょう。
心を開くためにまず日頃から意識して頂きたい事は、「人とコミュニケーションをとる」という事です。
心をあまり開いてこなかった方は、必要最低限のコミュニケーションしか取らない傾向があります。コミュニケーション量が少ないという事は相手に心を開く機会も少なくなるという事です。
心を開くというのは自分の情報を開示する事になります。そして人とのコミュニケーションも自分の情報を含めた、情報の伝達になります。
何か辛い事があって相手に心を開く時、何の面識もない相手にいきなり自分の悩みを話し出す事はできないでしょう。日頃からコミュニケーションを取っているからこそ、そういった相談をする土台が出来るわけです。
そういった意味でも心を開くために、日々コミュニケーションを取って良好な関係を築いておく事は大切です。
とはいっても、毎日たくさんの人に過度にコミュニケーションをとる必要はありません。
- すれ違ったら挨拶をする
- 小さな事でも「ありがとうございます」「助かりました」などお礼を言う
- 気が合いそうな人には少し雑談をしてみる
このような小さな事からで構いません。まずは人と簡単なコミュニケーションを取る習慣を作っていき、抵抗を減らしていくようにしましょう。
いきなり色々な人に話しかけるのが難しいという場合は、まずは話しかけやすい人や、親近感を感じやすい人を中心に話してみても良いでしょう。
このような小さなコミュニケーションを続けていくと、少しずつ情報を人に伝える事への抵抗が小さくなっていきます。
また日々小さなコミュニケーションを続けていくと、その人の人間性も少しずつ見えてきます。すると「弱さを見せても受け入れてくれる人なのか」「信頼できる人なのか」も少しずつ見えてくるのです。
5.相手に迷惑ではないか、と感じたら
心を開けない理由として「自分の事なんて相手には関係ない事だし、それを話すなんて相手に迷惑だ」と考えてしまう方もいらっしゃいます。
確かに「あなたのこころの中」「あなたの考え方」といった情報は、相手に直接の関係はないかもしれません。話す事で相手に時間を使わせるのも事実です。
しかしだからといって「心を開くのは相手に迷惑」と考えるのは間違いです。
私たちは一人で生きていく事は出来ません。私たち人間にとって、もっとも辛いのは「孤独」であり、孤独を強く感じればこころも不安定になり、絶望的になってしまいます。
私たちは多かれ少なかれ、他者とつながりを感じないと健常に生きていけない生き物なのです。
幼少時には親とつながりを感じる事で穏やかに成長できます。学校に入れば友人とも健常なつながりを持つ事でやはり穏やかに成長していけるのです。更に成長すれば恋人や配偶者というつながりも持ち、充実した人生を送る事が出来るのです。
このように私たちは他者とつながりを作っていかないと、穏やかに生きる事が出来ないのです。
このようなつながりを作るために必要なのが「心を開く事」です。そしてあなたが心を開くという事はあなたにとってメリットがあるだけではありません。
あなたが相手に心を開き、つながりを深めるという事は、相手もあなたに対して心を開きやすくなるという事です。という事は、相手に何らかの悩みや苦しみが生じた時、あなたという心を開ける相手ができたという事でもあり、これは相手にとっても心強い事なのです。
もし「心を開く事は相手に迷惑ではないか」と考えてしまうようであれば、「相手が心を開いてくれた時に精一杯真剣に向き合おう」と考えるようにしましょう。
6.信頼できる人を見つけよう
心を開くという行為は、誰にでも構わずして良い行為ではありません。自分の弱みを受け入れてくれる相手を選ぶ必要があります。
もし自分の弱さをさらけ出して、それを周囲に言いふらされたり、陰で笑われたりすれば、あなたのこころは余計に傷ついてしまうからです。
ではこの信頼できる人はどのように見つけていけばいいのでしょうか。
残念ながらこの「信頼できる人」というのは簡単に見つかるものではありません。
生きていく中で相手の人間性を少しずつ知り、その中で自分にとって信頼できる人が少しずつ見つかっていくのです。
多くの方にとって、この信頼できる人というのは、
- 家族
- 恋人・配偶者
- 親友
などが該当します。
恋人・配偶者・親友というのは元々は他人であり、すぐに作れる関係ではありません。お互いを少しずつ知っていく中で、「この人には好意を持てる」「この人とは仲良くしていきたい」と感じ、少しずつ特別な関係になっていくのです。
そのため、心を開ける相手というのも、少しずつコミュニケーションを取っていきながら、焦らずに探していく方が良いでしょう。