共依存とは?気付かずに相手に依存している共依存の恐ろしさと克服法

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共依存

共依存(きょういぞん)は依存の一種です。

依存は、ある人が特定の対象(物や人など)に依存する一方向性のものが通常ですが、共依存は2人の人間がお互いに依存している両方向性のものになります。

共依存は、表面的にはある人が別の人に依存しているだけの通常の依存(一方向の依存)に見えます。しかしその心理を深く診ていくと、実は依存されている方も相手に依存している事が見えてきます。

文章で書くと、ちょっと難しいですね。

更に表面的に依存されている側は「自分が相手に依存している」という認識はない事が多いため、適切な対処が取れないまま、苦しみや生活への支障が生じていきます。

ここでは共依存について、これがどのような依存なのか、そしてなぜこの状態が問題なのか、共依存を放置するとどのような問題が生じるか、また共依存から抜け出すためにはどうすればいいのか、といった事を詳しく説明させていただきます。

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1.共依存とはどういう状態なのか

共依存とはどのような状態なのでしょうか。

共依存とは、2人の人間がお互いに依存しあっている関係です。

といっても実際は、両者が両者に依存しているとはっきり分かるようなケースは稀です。

共依存は、一見すると片方がもう片方に依存しているだけの通常の依存(一方向の依存)に見えます。しかし実は一方向ではなく、依存されている側も無意識に相手に依存しているのです。

多くの場合、表面的に依存されている側の人は、自分が相手に依存しているとは気付いていません、依存されている事は気付いているものの、自分にも問題があるとは思わないため、適切な対処が行われにくいという面があります。

なんだかちょっと難しいですね。具体例を挙げてみましょう。

Aさんというアルコール依存症の方がいます。Aさんは一日中アルコールばかり飲んでおり、自分の身の回りの事も十分に出来ないし、仕事にも行けないため生活に必要なお金も稼げません。

ではどうやって生活しているのかというと、妻のBさんがAさんの生活の面倒を全てみています。

Bさんは日中はパートに出てお金を稼いでいます。更に家事もほとんどやっています。Aさんは一日中アルコールばかり飲んでいて何もしないので、Bさんが家族の生活を支えているのです。

Aさんは今のままではまずいと考えるものの、差し当たってはBさんのおかげで生活が成り立ってしまっているので、つい甘えてしまい今の生活が続いてしまっています。

Bさんは現状に対して、「夫にお酒をやめてもらいたい」「こんな生活はもう限界」とよく不満を漏らしていますが、でも積極的に何かを変えようとするわけでもありません。

このような状態が、もう何年も続いています。

このAさんとBさんの関係をみてみると、AさんがBさんに依存している事は誰の目からみても明らかです。AさんはBさんがいないと生きていけないでしょう。

しかし実は、BさんもAさんに依存しているとしたらみなさんはどう感じるでしょうか。「そんなはずはない」「ありえない」と思うかもしれません。

しかしこのような状況においては、BさんもAさんに依存している事があるのです。これが「共依存」です。

共依存の場合、Bさんは「夫(A)は私がいないとダメなんだ」「私が面倒を見てあげないといけないんだ」と、Aさんの世話をする事で「夫を支えている自分」「夫に頼られている自分」を実感し、自分に価値を見出しています。

Bさんは、Aさんの世話を全てしてあげる事でAさんを自分に依存させ、「この人を私が支えている」と感じる事に対して安心感や満足感を得ているのです。

このように依存してくる人を支える事が生きがいになっており、その人の世話をする事に自分の価値を見出しているような場合、これも「相手に依存している」と言えます。

もしAさんがいなくなればBさんは生きがいを失ってしまうでしょう。これは自分の存在価値の崩壊にもなります。だからこそBさんは不満を言いながらも今の状況を積極的には変えようとしないのです。

これが共依存です。

実はこのような共依存は世の中のいたるところで見受けられます。

例えば、自分の子供に対して親がいつまでも「この子は私が全てやってあげないとダメだから」と過保護に育ててしまえば、子供はいつまでも自立できずに親に依存してしまいます。また親も「子供の世話をする事が私の全て」となってしまい、いつの間にか子供に依存してしまいます。

これも共依存です。このように共依存というのは、一方向の依存ではなく、お互いが依存しあっている関係なのです。

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2.共依存はなぜ問題なのか

共依存になってしまうと、どのような問題が生じるのでしょうか。

共依存は一見すると献身的に相手の世話をしているように見えます。依存している人(前項の例でいうAさん)が問題なのは明らかですが、依存されている人(前項の例でいうBさん)は被害者であり、何も問題はないように思われるかもしれません。

しかし依存は本来、不健全な状態です。共依存も例外ではなく、どちらの行為も良いものではないのです。

依存している人(前項の例でいうAさん)の依存が問題なのは明らかでしょう。自立していない事で周囲に迷惑をかけていますし、また本人の身体面・精神面の両方に害をきたしています。

では依存されている人(前項の例でいうBさん)は何が問題なのでしょうか。BさんもAさんに依存している共依存の状態は、次のような問題を引き起こします。

Ⅰ.精神状態が不安定になる

共依存の関係は不健全な自尊心を形成し、精神状態を不安定にします。

自尊心とは「自分を大切な存在だと思える気持ち」の事です。私たち人間は皆、自尊心を持っており、自尊心があるからこそ私たちは成長しようとしますし、未来に向かって生きようとします。

そしてこの自尊心は「無条件」である事が重要です。

条件付きの自尊心、例えば「私は〇〇が出来るから大切な存在なのだ」「私は〇〇があるから優れた存在なのだ」というものは、極めて不安定な自尊心です。

なぜならばその条件がなくなった途端、自分の価値が崩壊してしまうからです。

「テストで1番だったから、自分には価値があるのだ」という自尊心を持っている人は、テストで1番を取っているうちは自分を保てます。しかしテストで1番が取れなかったら、その自尊心は容易に崩壊してしまうのです。

一方で、特定の条件なく「自分は大切な存在なのだ」と感じる事ができれば、自尊心はそう簡単に崩れません。

このように無条件で自分を大切だと思える自尊心は、穏やかで安定した精神状態を保つために大切なものなのです。

共依存では「〇〇さんの世話をしている私には価値があるのだ」と、条件付きの自尊心が生まれます。相手の世話をして、相手から頼られる事で自分の価値を感じる事は悪い事ではありませんが、それが自分の価値の全てになってしまう事は危険です。

この場合、「〇〇さんの世話をしている自分」が成り立たなくなると自尊心は崩壊してしまうため、相手が自立しはじめたり、自分から離れていきそうな徴候があると精神的に不安定になってしまいます。

また相手が自分を必要としているかを常に気にする事になるため、常に不安を抱えて生活する事になります。

このように相手からの評価を元に自尊心が形成されると、その自尊心は不安定なものとなり、些細なことで精神状態が崩れやすくなるのです。

Ⅱ.自尊心を守るために相手の自立を妨害してしまう

共依存では「〇〇の世話をしている私には価値がある」という条件付きの自尊心が生まれます。そして私たちにとって自尊心は大切なものですから、その自尊心が崩れないように必死になります。

つまり、相手の世話をし続ける状態を維持しようとするのです。自分の自尊心が崩れないよう、相手が自立しようとすると、それを妨害するような行為をしてしまう事もあります。

例えば親子が共依存の関係にある場合、子供が自分で考えて行動しようとすると、「子供が自立してしまう」⇒「自分の価値が失われる」という危機感から、「あなたは私が決めないといつも失敗するんだからお母さんに任せなさい!」と子供の自立のチャンスを摘み取ってしまうのです。

共依存では、相手をいつまでも自分に依存させようとする力が働くため、相手の自立を妨害してしまうのです。

このように本来、依存から抜け出す手助けをすべきなのに反対に依存を助長してしまう行動を取ってしまう人は「イネイブラー(Enabler)」と呼ばれます。

Ⅲ.依存から抜けられなくなる

共依存では自尊心を保つために、相手を自分に依存させ続けるという行為を取ります。すると不健全な依存という状態がいつまでも続く事になります。

共依存は苦しいため、そこから抜け出したいという気持ちもあるものです。しかし「苦しい」「この状態から抜け出したい」という気持ちがある一方で「この関係が終わったら自分の存在価値が崩壊してしまう」という恐怖から、依存の関係は続いていきます。

依存で苦しいのに、一方でこの状態を終わらせるのも怖いという相反する気持ちの中で葛藤する事になります。

このような理由から周囲へもなかなか助けを求めませんので、この不健全な関係は長く続きます。第三者がこの状態に気付くのも遅くなり、なかなか適切な治療が導入されません。

また共依存はその期間が長ければ長いほど、治療は難しくなります。

依存している期間が長ければ長いほど、依存している側はどんどんと生活能力が低下していき、どんどんと社会復帰が遠のいていきます。

また依存されている側も依存期間が長ければ長いほど、「〇〇の世話をする事が私の価値」という想いがどんどんと強くなり、固定されていきます。

共依存は時間が経てば経つほど、どんどんとそこから抜け出しにくくなるのです。

3.共依存になっているかをチェックする方法

「もしかして自分は共依存になっていないだろうか」
「あの2人は共依存の関係になっていないだろうか」

このように感じた時、共依存なのかどうかはどのように判断すればいいでしょうか。

もちろん少しでも相手を頼ったら依存になるというわけではありません。私たち人間は助け合って生きており、誰だって多少なりとも誰かを頼って生きているものです。

しかしその頼る程度が異常になってしまうと問題なのです。

共依存は疾患名ではないため診断基準はありません。しかし共依存に至っているかどうかチェックするための目安はあります。

ここでは共依存のうち、表面的には依存されている側(前述の例でいうBさん)が共依存に至っていないかをチェックする方法を紹介します。

共依存に至っている場合、次に挙げる項目を満たす事が多くなります。

Ⅰ.自尊心が低い・自分に自信が持てない

共依存では、相手に頼られる事で自分に価値を感じます。

健全な自尊心があれば、相手に頼られなくても自分に価値を感じられるものです。しかし自尊心が低い方だと、相手に頼られて「私は必要とされているのだ」と感じる事に自分の価値を見出します。

そしてそれを失いたくないために、その状況を維持しようとします。

つまり自尊心の低い方・自己評価が低い方は共依存になりやすい傾向にあるという事です。

このような方は自分に価値を、他者から評価してもらう事で感じるようになります。つまり「誰かに必要とされている自分は価値があるのだ」という条件付きの自尊心が生まれやすいのです。

本来、自尊心というのは幼少期の環境によって形成されていくものです。

子供時代に親から「あなたが私たちにとって大切な存在なんだよ」という無条件の愛情を受け取る事で、「私は大切な存在なんだ」と感じ取っていきます。

それが十分に行われな買った場合、自尊心が十分に形成されない事があります。

幼少期に何らかの理由で親から十分な愛情を受け取れなかったという方は自尊心が低くなりやすく、共依存になりやすいと言えるでしょう。

Ⅱ.相手に尽くす事に生きがいを感じる

人は誰でも、他者の役に立てたら嬉しいものです。それ自体はおかしい事ではありません。

しかし相手に尽くす事が自分の生きがいの大部分を占めるようになってしまうと、それは一概に良い事とは言えません。

自分の生きがいの大部分を「他者からの評価」という自分でコントロールできないものである事は不安定な精神状態を作ります。また過度に相手に尽くす事は相手の成長や自立を妨げる事にもなります。

もし相手に過度に尽くし過ぎるようであり、また「あの人は私がいないとダメだから」「これは私がやらないといけないのだ」と考えてしまっているようであれば、それは共依存に至っているかもしれません。

それは本当に相手のためにしているだけなのか、それとも自分が満足感を得るためにしているのかを振り返ってみる必要があります。

Ⅲ.依存されていて苦しいが、今の状態が終わるのも怖い

共依存は双方が双方に依存している状態です。

大抵の場合、表面的には相手の方があなたに依存しています。それは生活面であったり経済面であったりです(もちろん精神面もあります)。

具体的には、

  • あなたが相手の身の回りの世話の多くをしている
  • あなたが相手の生活に必要なお金の多くを工面している
  • あなたが相手のストレスのはけ口になっている(暴力や暴言を受ける、など)

などといった状態です。

このように相手があなたに依存している場合、正常な感覚を持っていれば、この状態を続けることがまずいという事は分かっているはずです。

そのため単に依存されている場合は、自分が出来る事と出来ない事の境界線を決めたり、他者に相談したりして、この関係を適正なものに改善しようとします。

しかし共依存の場合は、「今の状態は苦しい」「でも今の状態が終わってしまうのも怖い」という相反する気持ちの中で葛藤します。その結果、現状を維持し続けてしまうのです。

もしあなたが相手に依存されていて、このままの状態だとまずいと頭では分かっているのにも関わらず、現状を変える事にも大きな恐怖を感じているのであれば、共依存になっていないか考えてみる必要があります。

それはもしかしたら「相手が自分に依存しなくなってしまったら自分の存在価値がなくなってしまう」という恐れからなのかもしれません。

Ⅳ.相手が第三者に非難されると、不快や怒りを感じる

相手があなたに依存している場合、あなたは「あの人には困っている」「早く自立して欲しい」と周りに相手の愚痴をこぼすかもしれません。

しかし共依存の場合、言葉ではそう言うものの、実際にその人があなたに依存しなくなるのも不安なわけです。

そのため第三者が相手に対して非難したり、依存から抜けるよう手助けしようとすると、相手の事を弁護したり、味方をしたりします。

あなたのための事を思って相手を非難したのに、今度はあなたが相手を弁護してしまうため、第三者はしばしば混乱してしまう事もあります。

これは今の状態は苦しいんだけど、一方で相手に依存しているため相手が自分から自立してしまうのも困るという気持ちの表れです。

Ⅴ.相手が自立しようとすると嬉しさよりも不安を感じる

あなたが依存されている相手が、何らかのきっかけで反省して自立に向かって歩み出したら、普通は嬉しく感じるはずです。

しかし共依存の場合は違います。相手が自分に依存してくれている事で「私は必要とされているのだ」と感じているため、その状態が崩れる事を恐れるのです。

そのため本当は相手が自立してくれる事は好ましい事だと頭では分かっていても、相手が自分に依存しなくなる恐怖がそれを勝ります。

もしあなたが誰かに依存されていて苦しいけども、相手が自立しようとしたらそれはそれで大きな恐怖と感じるというようでしたら、共依存になっている可能性があります。

4.共依存から脱却するためには

では最後に共依存から抜け出すためにはどうすればいいのかを紹介します。

ここでは一般的な克服法を書きますが、実際は文章で見るほど簡単に出来る事ではありません。

共依存は自分の中にある「自尊心」の再形成や、自分と他者との境界線を見つけていくなどといった作業が必要になるため、精神科医などの専門家とともに行っていく事が推奨されます。

Ⅰ.共依存である事を認める

共依存は、自分も相手に依存している事に気付いていない事が少なくありません。また薄々気付いていたとしても、今の状況を維持するために敢えて現実を直視しないというケースもあります。

いずれにせよ、本人に「自分も相手に依存している」という意識が乏しい傾向があるのです。

共依存から抜け出すためには、まず自分が共依存しているという事実を認めないといけません。共依存に至っている現状を認め、この現状は問題であると気付く事が克服の第一歩になります。

共依存をやめるという事は、自尊心の崩壊につながるため、とても抵抗を感じる事かもしれません。

しかしその自尊心は本物の自尊心ではないのです。

「相手に必要とされている自分には価値がある」という条件付きの自尊心は不安定なものであり、このニセモノの自尊心に頼っていては、いつまで経っても安定した精神状態を得る事は出来ません。

一時的にはつらい思いをするとしても、そこを乗り越えていく事で本物の自尊心を獲得でき、長期的な精神状態や対人関係の安定につながるのだという事を理解しましょう。

このように共依存を「認める」という作業は自分一人ではなかなかできません。自分だけで行おうとすると、「現状を変えるのが怖い」という想いから共依存を継続してしまいがちです。

そのため精神科医など専門家と協力してやっていく事が望ましいでしょう。

精神科医との診察の中で、共依存の相手との過去の関係を振り返り、その時の自分の本当の気持ちを思い出してみましょう。

「相手のためにやっていると言い聞かせていたけど、本当は自分を保つためにやっていたのかもしれない」
「相手に頼られる事で喜びを感じていて、そのために相手が自立しないよう甘やかしていた面がある」

このような事に気付き、認める事が出来れば共依存克服のための第一歩を踏み出せたと言えます。

共依存である事を認め、そこから抜け出そうと決意する事は容易な事ではありません。時間もかかる事が普通です。焦らずに少しずつ自分の内面と対話し、少しずつ認めていけば良いのです。

Ⅱ.自尊心を高める

共依存に至ってしまう根本的な問題は、自尊心の低さにあります。

自尊心をしっかりと持っている人は、他者に自分に価値の全てを委ねる事はないため、共依存となる事はほとんどありません。

一方で自尊心が低い方は、自分の中に「自分の価値」を見いだせないため、他者から評価される事に自分に価値を置きやすく、そのために他者に依存しやすい傾向にあります。

実際、共依存に至っているほとんどの方は自尊心が正常に発達しておらず、「自分なんて必要ない存在だ」「自分には何の価値もない」と考えてしまっています。

では、このような自尊心が低い方が、これからしっかりと自尊心を育てていくためにはどうすればいいのでしょうか。

これは本来、自尊心がどのように作られていくのかを考えてみると、答えが見えてきます。

通常、自尊心というものは幼少期の成長の過程で自然と身についていきます。

親という存在に守られ、自分の存在を大切にしてもらい、自分の意見に耳を傾けてもらえるような環境で育つことで、「自分は大切な存在なのだ」と無意識に感じ取っていくのです。このように自尊心は両親の温かい愛情に包まれた環境で育っていきます。

反対に、何らかの理由によって両親の愛情を十分に受けれずに育ってしまうと、自尊心は低くなってしまいます。

自尊心は一朝一夕に出来るものではありません。自分が安心して存在できるような環境に身を置くことで、少しずつ形成されていきます。

そして、今から幼少期をやり直すことはできませんが、このような環境を生活の中で工夫して作っていく事は十分に可能です。

自尊心が育つ環境としては、

  • 自分が安心して過ごせる環境
  • 自分の意見に耳を傾けてくれる人
  • 自分の存在を大切だと思ってくれる人

などが大切である事が分かります。

子供の場合は、親が自然とその環境を用意していますので自尊心は自然と作られていきます。

一方で成長してから自尊心を作るためには、これらの環境を自分で意識して作っていかないといけません。

今の生活環境は安心して穏やかに過ごせる環境でしょうか。

家庭が安心できない環境なのであれば、お互いが温かく過ごせるように家族間で話し合って工夫していきましょう。また、どうしても環境が改善されなさそうであれば、一旦は今の家族から離れて暮らしてみるのも手かもしれません。

どんな環境が良い環境なのかは一概に言えるものではありませんが、自分にとって安心して穏やかに過ごせる環境に少しでも近づけるよう工夫してみましょう。

また普段付き合う人も大切です。

自分の意見を伝えてもすぐに否定するような人や、こちらの話をあまり聞いてくれない人と多くの時間を過ごしているとやはり自尊心というのは育ちにくいものです。

自分の意見に耳を傾けてくれる方、自分の話をしっかりと聞いてくれる方となるべく付き合うようにし、それ以外の人とは適切な距離感を持って付き合っていくと良いでしょう。

そしてそのためにはあなた自身も相手の話にしっかりと耳を傾け、相手の存在を大切にしていくことが大切です。そうすることでお互いにとっていい対人関係が生まれ、お互いの自尊心が育っていくのです。

Ⅲ.少しずつ共依存の程度を減らしていく

自尊心を高めていくのと同時に、少しずつ依存の程度を減らしていくことも大切です。

共依存に至っている方の多くは、「自分と相手の境界線」があいまいになっています。そのため、相手のことも自分のことのように全てやってしまうのです。

自分のことを一生懸命やるのは問題ありません。しかし相手のことは相手の人生なのですから、「自分が手伝ってあげられるのはここまで」「ここから先は本人の問題」と境界線をしっかりと引かないといけません。

境界線を引くと、最初は相手を見捨てているような罪悪感を感じるかもしれません。また実際に相手から文句や不満を言われることもあるでしょう。短期的には苦しさやつらさも生じます。

しかし長期的に見れば、この境界線を引くという行為は自分のためだけでなく、相手の自立もうながすために大切なことだということをしっかりと意識しましょう。

もちろん相手にまったく頼っていけないわけではないし、相手の世話をまったく焼いてはいけないわけでもありません。その程度を適正化するということです。

「これをやってあげる事は長期的にみて本人のためになるのか」
「これをやる事で自分の自尊心を満たしているだけではないのか」

この2つを自分に問いかけて、適切な距離感を探していきましょう。

また、この「適正化」がどれくらいなのかは、共依存の状態を長期間続けていると分からなくなっていることもあります。

このような場合も主治医など、冷静に状況を見れる第三者と相談しながら相手との適切な距離感を保つ練習をしていくと良いでしょう。

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