「愛情」だと思っていても、気付かずに「依存」になっていることもある

精神科には日々、悩みを持った患者さんが訪れます。

抱えられている悩みや問題は人それぞれで違うのですが、その中でも圧倒的に多いのは「人間関係の悩み」だと感じます。

「職場の上司とどうしても合わない」
「いつも親と喧嘩にばかりなってしまう」
「近所の人に嫌がらせをされている」

このような人間関係がストレスとなりひどい症状が出てしまい、精神科を訪れるのです。

人間関係の問題は解決が難しいものですが、このようなケースの場合「この人間関係が問題だ」と本人が原因を特定できているため、対策はまだ立てやすいところがあります。

一方で、本人は人間関係に問題はないと思っているけども、実は人間関係が問題で症状が生じている場合もあります。中でも多いと感じるのが「他者への依存」です。他者に依存している場合というのは、自分は依存していることに気付いていない(あるいは気付かないふりをしている)ことが少なくありません。

むしろ「愛情を持って接している」「仲良くやっている」「相手は私がいないとダメなんだ」とすら思っていたり、今の関係が正しいのだと思っていることもありです。この場合、その「愛情」は実は「依存」になってしまっているのだということに気付いてもらわないと、症状はいつまでも改善に向かいません。

なかなか改善しない心身の不調がある方は、「他者への依存」が原因になっていないのかを今一度見直してみましょう。

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1.人に依存しすぎると心は不安定になってしまう

私たち人間は、一人で生きていくことは出来ません。誰もが生きている上で、必ず誰かに助けてもらっています。人間関係というのは生きていく上で必要不可欠なものになります。

対人関係が乏しかったり希薄だったりするとメンタルヘルス的にも良くありません。辛いときに相談できる相手がいない方というのは、うつ病を発症するリスクが高くなることが知られています。また一人でストレスを抱え込みすぎてしまい、自殺などに至るリスクが高いことも報告されています。

頼れる人が身近にいるということは、こころの安定においてとても大切なことなのです。

しかし一方で、他者に頼ってしまい過ぎるのも問題です。特定の誰かがいないと自分の人生が回らないというほどに他者に依存していると、それはそれで精神を不安定にさせてしまいます。

人間関係というのはちょうど良いバランスがあり、希薄過ぎても良くないし、あまりに密過ぎても良くないのです。

精神科には、人間関係が疎遠過ぎて心が疲弊してしまう方が多くいらっしゃる一方で、人間関係が密過ぎて、心が疲弊してしまう方もいらっしゃいます。

例えば、赤ちゃんは一人で生きていけませんので、ある程度の年齢になるまではお母さんに依存して成長していきます。これは正常な依存ですが、もし十分に成長した後も母に依存したままだったらどうでしょうか。自分では何も決められず、母がいないと何も出来ないという状況では社会的にも一人で生きていくことは出来ないでしょう。

更に問題はそれだけではありません。自分ひとりでは生きていけないわけですから、「母を束縛する」「母がいるかどうかをいつも気にする」「母がちょっといなくなっただけで不安になったりソワソワする」ようになってしまいます。これは精神的に安定しているとはとても言えませんよね。

人に依存してしまっている場合、依存されている相手(ここでは母)も相手の人生がありますから、24時間常に一緒に居ることは不可能です。なのに常に一緒に居ることを求められてしまうと、相手も心が疲弊してしまうでしょう。

他者への依存というのは、このように自分、そして相手の精神状態を不安定にしてしまう危険なものなのです。

「でもこんな風に依存している人なんてそうそういないでしょ?」
「私にはこれは当てはまらないと思う」

この例だけを見ればこのように感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、このような依存と似たような例というのは、実は少なくないのです。実際、診察で患者さんのお話を聞いていると「これは依存しすぎていることが問題だな」と感じるケースは稀ではありません。

自分が他者に依存しているということは、自分自身ではなかなか気付かないものなのです。

2.他者へ依存していても自分では気付きにくい

他者への依存は、精神的に悪影響があることをお話しました。

人間関係というのは他者に依存しすぎることなく、程良い距離感を持つことが大切です。どんなに大切な人や親しい人でも、その人はあなたの人生のすべてではありません。

人間関係が原因で精神的に不調になっている方は少なくありません。そのため精神的不調にある方は、人間関係を一度見直してみる必要があります。

明らかな人間関係の問題があれば、それは誰でも気付くでしょう。例えば「職場の上司がストレス」「親といつも喧嘩している」などの状況であれば、その人間関係が精神的ストレスの一因になっていることは明白です。

しかしそのような人間関係だけでなく、「近すぎる人間関係」についても見直してみましょう。そして、それが自分や相手にとってか悪影響をきたしていないだろうかという視点を持ってみて下さい。

以下に診察でみることの多い、「依存」になってしまっている人間関係を紹介します。

Ⅰ.親が子供に依存してしまっている

子供は可愛いものです。そのため、子育てをしていると「立派になってもらいたい」「社会的に成功してもらいたい」と親としてはつい期待してしまうものです。

適度な期待をするのは親であれば当然でしょう。

しかし子育てに熱が入りすぎるあまり、期待が過度になり「強要」になってしまっているようであれば、それは子供に依存しているのかもしれません。

「この学校に入れなくては」
「この習い事もさせなくては」
「学年で3番以内に入ってくれないと困る」

表面上は「子供の将来のため」という理由で子供に頑張らせます。確かに親のすべき教育として間違ったものではないでしょう。

しかしその本心はいつの間にか「子供のため」から「自分の期待に応えてほしいから」にすり替わってしまっている場合があります。これは「愛情」ではなく「依存」になります。

子供に依存してしまい、常に子供の事を考え、自分の期待通りにいかないと怒ったり叩いたりしてしまう方もいます。冷静に我にかえると罪悪感に駆られますが、それでも辞められずまた同じことを繰り返してしまいます。子供も子供で無理矢理強要されることに疲れてしまいます。

このような状態では、依存によってお互いの精神状態が悪化してしまっています。

Ⅱ.夫婦や恋人に依存してしまっている

若い方(特に女性)で多いのが、交際相手に依存してしまっているケースです。

素敵な相手と出会い交際するようになれば、年頃の女性であればいつもその相手の事を考えてしまうでしょう。それはもちろん異常でもないし、悪いことでもありません。

しかし次第に

「私の事をいつでも一番に考えてくれないとイヤだ」
「電話したらいつでも取ってくれないとイヤ」
「他の女性がいる飲み会などにいくのは一切ダメ」

など自分の都合だけで相手の人生を制限してしまうようになると、これは依存に始まりかもしれません。

表面上は「あなたの事が好きだから」という理由かもしれませんが、その本心は「自分の気持ちを安定させるため」になっていませんか。であればこれも依存になります。

更にエスカレートしてしまうと、交際相手がちょっと電話が取らなかっただけで怒ったり、交際相手が他の女性とちょっと話しただけで暴力を振るったりしてしまうこともあります。こうなれば相手も疲れてしまいます。

せっかくお互いが好きで交際を始めたのに、依存のせいでお互いのこころが疲れ果て、台無しになってしまうのです。

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3.愛情なのか依存なのかを見分ける方法

他者へ依存している場合、本人はなかなかそれに気付かないものだとお話しました。

しかし実をいうと、これは正確には間違いになります。

ほとんどの方は自分が依存しているということは、薄々は気付いているものなのです。「一般的に見ればこれはやりすぎだ」というのは分かってはいるのです。しかし一旦依存状態になってしまうとそこから抜け出すことには強い恐怖を感じるため、変えることが出来ません。そのため「私は依存していない」と問題を見ないふりをしてしまうのです(これを「否認」と呼びます)。

自分の心にしっかりと問いかけてみれば、自分が依存しているのかどうかというのは本当は分かっているはずです。

人間への依存に限らず、依存というのはとても厄介な状態で、治療にも非常に苦労します。例えば、依存症にはアルコール依存や薬物依存などもありますが、これらの依存は例え何とか治療したとしても、しばらく経つと少なくない率の人が再び依存物質に手を出してしまいます。一度依存してしまうと、「依存しているもの」から離れるというのはそれほど難しいことなのです。

具体的な「依存」を見分ける方法がありますので紹介します。この方法は非常に簡単です。

あなたが他者に対して、「愛情」で接しているのか、それとも「依存」になっているだけなのか、それを見分けるポイントは1つだけです。それは、相手に対する行動や態度がどのような気持ちに基づいているのかで分かります。

愛情というのは、相手のためを思ってするものです。そして依存というのは、自分のためにしていることです。

親が子に勉強をさせる場合、それが愛情であれば「子供の将来のために」という思いで勧めるはずです。これは何も問題のある事ではありません。子供が勉強を嫌がっても、子供の将来を本当に考えているのであれば「勉強ができないと将来困るよ」と時間をかけて説得もできるでしょう。

対して、それが依存であれば、本心は「自分のために」勉強を強要していることになります。「子供に勉強をさせる」という表面上の行為自体は問題ありませんが、その理由が自分のためになってしまっているのです。これだと子供が勉強を嫌がった場合、「何で親の言うことを聞けないの!」と自分の都合だけで怒ってしまうでしょう。

このように自分の本心はどちらにあるのかを問いかけてみれば、この答えはすぐに分かります。

4.依存から脱却するためには

依存の問題は、短期的にはそこまで大きな問題は出ないことです。

家族や恋人など、深い関係の相手であれば、最初は相手もある程度は要求を受け入れてくれることも多いため、短期的には気持ちは楽になることもあります。

しかし長期的に見ると相手も疲弊して要求にだんだんと添えなくなります。また依存というのはエスカレートする性質のあるものですので、要求もどんどん過度になっていき、本人の精神もどんどん落ち着かなくなっていきます。

そのため依存は早い段階で気付き、何とかそこから脱却することが大切です。先延ばしにすればするほど、依存から抜けにくくなります。

では依存から脱却するためにはどのような方法があるのでしょうか。

Ⅰ.依存していることを認める

依存から抜け出すための最初の一歩は、「自分が依存している事を認める」ことからになります。

依存している方は、なかなかそれを認めない傾向にあります。これは人間への依存に限らず、アルコールの依存でも薬物の依存でもギャンブルの依存でも皆同じです。

「依存を認めていない」という状態は、「自分が依存しているという問題と向き合っていない」ということです。

問題と向き合わずに解決できるはずがありません。そのため、まず最初にすべきことは「自分は依存しているのかもしれない」という考えを持つことからです。

それを受け入れるのはつらいことでしょう。しかし今、受け入れなければ将来もっとつらい思いをすることになるのです。

Ⅱ.極端な考えをしない

依存になりやすい傾向にある方は、考え方が極端な方が多い印象があります。完璧主義のように、「白か黒か」をはっきりさせないと気が済まないのです。

そのため、依存から脱却しようと考えると、今度は「もう会わない!」「一切連絡しない」など極端に考えてしまう方がいます。

しかし目標としていることは、依存から脱却することであって、人間関係を希薄にすることではありません。人間関係は密過ぎても希薄すぎてもよくないのです。例えば、アルコールなどの物質依存であれば、「今日から一切アルコールは飲まない!」と覚悟を決めて治療に望む必要があるでしょう。しかし人間関係はそうではありません。

生きていれば人間関係というのは必ずあります。今依存している人から極端に離れてしまうと、反動から別の誰かに依存してしまうだけでしょう。更に依存している相手というのは大抵家族などの深い関係にいる人ですから、「親子の縁を切ります」などといった極端な離れ方をしてしまえば、その後の人生にも悪い影響が出てくる可能性があります。

極端に距離を取るという対応をするのではなく、適度な距離感を持った関係性を持とうといった考え方をすべきなのです。

ちなみに依存相手が問題がある場合(例えば暴力を振るうなど)は、「もう会わない」「一切連絡を取らない」などの対応が必要なこともあります。自分の依存だけが問題である場合は、極端に距離を取るのではなく、適度な距離感を意識するようにしましょう。

Ⅲ.ルールをしっかり作る

人間関係というのは「情」が入ります。これは人間関係の良いところなのですが、依存状態のときには悪い面にもなってしまいます。

「この人に依存しすぎないようにしよう」と決意したとしても、そこからキレイに距離をとれるようになる人なんてまずいません。

また依存しそうになりながら、失敗を何度も繰り返して、少しずつ依存から抜け出し自立していくのが通常の治り方です。

人間には情がありますから、また依存状態になりかけたとき、「今回だけはいいか」と相手も情を持って甘く接してしまうことがあります。しかしこれはその場は良くても長期的にみると依存の回復を悪くしてしまう要因になります。

そのようなことにならないよう、依存している相手とある程度のルールを作るべきです。

例えば、若い女性が交際相手の男性に依存してしまっていて、男性に何回も電話をかけたり、浮気の疑いをかけてしまうようなケースであれば、

・仕事中は電話をかけない。その代わり、昼休みは一回連絡が欲しい
・飲み会へ行くことを止めない。その代わり、帰る時間をだいたい教えてほしいし、浮気は絶対しないと約束してほしい

などルールをしっかり決めましょう。異性関係の事は話題に挙げずらいことですが、このようなことを心配しているのであれば、たとえ言いずらいことでもしっかりと話し合うことが大切です。

二人でルール作りをしても口論になってしまい、うまく行かないときは第三者を交えて行うこともおすすめです。

時間がかかることですので、診察中にやるというのは難しいのですが、私も何度か診察中に時間を作ってルール作りのお手伝いをしたことがあります。

これはなかなか良くて、「先生も一緒に作ってくれたんだから頑張って守ろう!」と思っていただけるようで、かなり高い成功率となっています。

第三者を交えるとこのような良い効果もあったりしますので、医者でなくても協力してくれる方がいれば第三者を交えて作ってみるのも良いでしょう。

Ⅳ.一人の時間を作る

依存の反対は、自立になります。

自分一人の時間を楽しめるようになると、依存から抜け出しやすくなります。

どんな事でも構いません。「一人でやれることを探そう」といっても何も思いつかない時は、読書や散歩などから初めてみるのがおすすめです。また一人きりでなくても、他の誰かと楽しめるような趣味の時間などでも問題ありません。

依存してしまっている相手の事を考えない時間を作るようにしましょう。

あなたが依存してしまっている相手というのはきっとあなたにとって大切な相手なんだと思います。大切だからこそ今まで考えすぎてしまったのでしょう。

しかし考えすぎてしまうと、距離が近くなりすぎてしまい、だんだんと自分のためだけに相手に要求をしてしまうことが多くなってしまいます。

相手の事を考えない時間も作るというのは、相手に対して失礼な事にはなりません。どんなに親しい人でも、ほど良い距離感は必要なのです。

Ⅴ.他の価値観を持つ

他者に依存している方は、その他者だけが自分の価値観のすべてになってしまっています。

これは精神衛生上は良いこととは言えません。価値観が一か所に偏っていると、万が一それが崩壊したとき、容易に自我も崩壊してしまうからです。

依存している相手はあなたにとって大切な人、ということを変える必要はありません。しかしそれ以外にも自分の人生には価値を置くものがあるのだということを少しずつ認めていきましょう。

それは他の人だったり、仕事だったり、趣味だったり、あなたが大切だと思えるものであれば何でも構いません。

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